フリーゲーム『SOUP』の持つ魅力の根源を追い求め、制作者”丼”(Dong、Yarhalla)氏の制作物や周辺音楽シーンのリサーチを進めていく本シリーズ第三稿です。前回は、ニコニコ動画への投稿作品から、同氏の音楽的な趣味趣向(NALL、metrochiple、MindArtist)がわかったり、ボカロオリジナル初投稿曲がUK<hyperdub>と意外な導線で繋がっていることを確認した回でした。
-小話 デジタル社会へのささやかな反抗-
前回から少し日が空きました。その間、会いたかった友人たちと久しぶりに会って話せて楽しかった。「ブログいいね」「(デザインが)無骨でいいね」と言って貰えて嬉しかったです。僕の好きなアーティスト達のHPはみんな質素簡潔なものが多いなと思い出した。特に好きな2人を下記に列挙しておく。
・Bliss3three:https://oo.energy/
・狩生健志:http://kkariu.html.xdomain.jp/diary.html
体が疲れていると書き物や音楽に向かう気持ちがあまり出てこず。そういう心身状態を狙って、現代の電子デバイスやSNSは猛威を奮って、時間を浪費させにくる。動かなくても出来ること、無思考でも出来ることの選択肢に上がってくる。人間の隙間という隙間の時間を企業が狙い撃ちして、時間を金に変えていくシステム。デジタルデバイスに埋め込まれたネガティブなアフォーダンスの数々。いやだね、俺の中でダンスを踊るな。noteとかtumblerでブログを書くことを選ばなかったのも、ある種の「作用 」が自分に働きかけてくるのを感じるからだったと思います。
そういったものに対しての「少し楽しい反抗の仕方」を最近思いついた。それは、とにかく適当にピアノを弾くこと。ドッグランに放たれた室内犬のように、狂乱のランダムネスを鍵盤の上に解き放つ。ただし「音の抑揚、数量感・密度、高低感覚」辺りだけは意識して弾くこと。そうやって弾いてみると、良い意味で無心になれるし、時に自分の力量以上のフレーズが垣間見えたりしてとても楽しいことに気がついた。オートでmidiキャプチャ機能のあるAbletonと繋いで弾けば、良かった部分を振り返って、自分の手癖から離れた新しい音に出会えて、作曲にも使えて良いかもしれないとか考えている(Recして弾くのもありだけど、Recの赤色ってどうしても独特の緊張感が生まれてしまう。Red Light Feverという言葉もあるらしい)。
一度、灰野敬二(と黒岩あすかのツーマン)のライブを見たことがあって、出音は爆裂だけどどこか瞑想的なサウンドに聴こえたことを覚えている。このブログを書くことにもある種の自浄作用があると感じているのだけど、”書く”という行為自体に自浄作用がある(手書きの方が効果的らしい)のと同じように、楽器と触れ合い、戯れるだけでも同じような作用があるんじゃないかと感じる。自分の幼少期、習い事としてのピアノは大嫌いだったけど、瞑想装置としてのピアノは大好きという矛盾の感覚をどこかで感じていたことを想い出す。
「作品を作るぞ」「制作するぞ」という目的で楽器に向かうのは結構苦しい(完成させた時の達成感・ホルモン分泌は最高だけれど)。そういった目的から離れた音楽も、間違いなく純粋な音楽の一形態だと思う。「不眠症の自分が眠れるための音楽を作った」みたいな制作動機(ex.Naliah Hunterとか)って結構好きで、「見せたい自分」よりも「いかに自分が眠れるか」という限りなく内に閉じた価値基準で選ばれたサウンドってとても純粋に思えて、俺は好きです。自分の生活状況の中で生まれる「不協和」をなんとかして「協和」状態に解決していくために、音楽や書き物といった制作が俺の生活に自然に根付いてくれると健康的でいいかなと思いました。
-小話 終了 –
さて、脳みそをチップチューンのモードに戻します。
今回は、ボカロ曲2作目から聴いて、関連情報をリサーチしていきます。
普通にいいな。
3作目になると少しアッパーな曲調になって来ましたね。でもアウトロのフレーズが結構ノスタルジックで、丼さんぽさを感じます。
セクシー女優楽曲のボーカロイド・カバー
4作目は笠木忍「ハートがまっぷたつ」のボーカロイドカバーです。ボーカルのリバーブのかけ具合と、しっかりローが出たファミコン(?)ベースが、どことなくフィッシュマンズぽさを感じさせる良いアレンジですね。
この曲もボカロ・カバーも、1st”スズラン”と同様にdommuneでかけられたことがあるらしい。カバー元の音源からその辺りの情報を手繰ってみる。
吉田豪氏がラジオで”セクシー女優楽曲特集”なるものを放送し、この楽曲が取り上げられていることがわかった。どうやらこの楽曲はとあるアダルト・ビデオの付録CDの中に収録されていたらしい。決して上手とは言えない歌声が逆に楽曲に味を出してミラクルを起こしている楽曲だなと思う。
吉田豪選曲 セクシー女優楽曲特集 書き起こし:https://miyearnzzlabo.com/archives/18141
上記の記事、めっちゃ面白いです。書き起こし内にもあるが「たぶんちゃんとしたヴォーカルレッスンとかしてないならではの、素朴な歌い方がすごくいいんですよ。」というのはめちゃくちゃわかる。
最近再発盤が出たNora Guthrieの”Emily’s Illnes”も当時歌手としては素人の当人の歌声によって良くなっている楽曲の一例だと思う。
5曲目の投稿は、鏡音リンに加えて可愛ユキを導入した和テイストのオリジナル曲(2010年)。この楽曲はチップチューンの文脈からは離れて、古き良きオールドスクールなボーカロイドといった風合い。少しR &Bっぽさも感じる。
この曲からは俺の好きなDongらしいノスタルジックで切ない変則的なコード進行を感じる。サビも良い、好きな曲だなぁ。
6曲目のオリジナル曲「Mogmog」からはブレイクビーツが導入され始めたのが特徴的かな、00:51あたりからしっかりアーメンが入っている。第1回の本連載記事でも取り上げたナードコアの界隈と近しい場所にいたこともあるから、自然な流れかもしれない。01:45辺りのコーラスも綺麗ですね、ボーカロイドのコーラスって人の声にはない独特の浮遊感があって好きです。
※この動画の概要欄にDong氏の映像と音楽のプロジェクト“TELEVIDEO”シリーズのリンクあり、こちらは後日観ます。
Japanese Techno artist Yarhalla's chipbreaks : Mogmog by yarhalla via #soundcloud http://t.co/d4bAmKv0
— June Chikuma (@junechikuma) May 9, 2012
June Chikumaさんがこの曲を”Chipbreaks”としてTweetしているのも発見できた。この方は、ボンバーマン・シリーズのOSTを手がけた人で、ゲーム音楽の超大御所。今年の3月にボンバーマン関連のレコードの発売ラッシュがあったタイミングで、英NTS Radioでも特集が組まれている。僕の好きなD.I.Y.音楽が”Boys Age”がレコメンドをしていたのがきっかけで知りました、大好きなミュージシャンです。
Colourful club-inflected sounds from the long-running Bomberman series, composed by @junechikuma
— NTS Radio (@NTSlive) March 8, 2023
Women of Video Game Music concludes – listen now via https://t.co/UW6sG0bGqg 👾 pic.twitter.com/UnSVj0QG6X
June Chikuma氏は初期はチップチューンって感じだけど、作風はかなり多様で、ブレイクビーツ、soul、R&B目線で聴けるものから、ニューエイジ、アンビエント、vaporwaveものまで手がけていて凄い。というか、来歴を調べてみたらアラブ古典音楽の演奏家兼専門家のようで、本もたくさん執筆されているようですね。カバーする範囲が広すぎる。
もう一通り聴いたら日本の音楽史にも残る超大御所なのだなという感じだけど、Dongさんとの繋がり的な部分を調べてみると、本連載第一回の”補遺”記事で取り上げた、チップチューンの地下レーベル<RiskSystem>のコンピ「MIDINIZE4」にもJune Chikumaさんは曲を提供していたらしい(Dongさんの楽曲は”MIDINIZE3″収録)。
このMIDINIZEシリーズのコンピはよくよく調べていくと、かの有名なyokai-discoの作曲者”安井洋介”氏も参加していたりと、すごいメンツが集まっていることがわかる。このコンピは見つけたら即買いしていきたい。
丼氏のニコ動楽曲に戻ります。7作目は鏡音リンのオリジナル曲。適確なサブジャンル名を知らないけれど、以前よりも少し音に激しさを増して、強い4つ打ちが聞こえる。Capsule、Perfumeとか中田ヤスタカサウンドとかが当時流行っていたからもしかしたらその影響もあるのかもしれない、今までの楽曲の中だと一番マイリス数が多い。
8作目の投稿曲は、消臭力のCMのボーカルをチョップしてラテンMixに仕上げた楽曲、懐かしい。本連載第1回でも取り上げたCut up的な手法が用いられてるけど、声質とか元の音ネタのサンプルが伸びやかなのも相まって、これも当時流行っていたDE DE MOUSEとかのボーカル・チョップに近いものを感じますね。
9作目の投稿「ベジタブル・ビューティフル」。イントロではチップチューン的なフレーズが散見されるが、全体的に声優キャラソン的なチープさがあって愛らしい曲だなと思った。
ついにこの曲が来ました、10作目。これは大名曲です。本記事を読んでくれている方には、この曲だけでも絶対に聴いてもらいたい。架空言語で歌われるファンタジックな世界観が作り込まれた、鏡音リン&可愛ユキのボーカロイド楽曲。サビ終盤の抜け方が気持ちよすぎるので、そこまで聴いてください。この曲は普通に実生活内でヘヴィ・リピートして聴いています。丼さんの楽曲内で俺が好きなノスタルジーなフレーズ、コード進行、音作りのすべてが出ている。
サビが抜けた後のシンセの音って、炉心融解のサビ後の音色に似てるような感じがする。
2012年8月11日のコミケC82で販売した3rdAL「とりうた」のクロスフェード・デモ。3rdALということだが、1stと2ndがリリース作品の中でどれに当たるのか判定が難しい。
<候補>
・2006.11.28 16次元レコード立ち上げ(ネットレーベル)
・2008.06.01 16次元レコード「旅するコドモ」フリー化
・2009.05.15 16次元レコード「Omoide Overdose」リリース
・2010.07.19 VOCALOIDオリジナル曲集CD『砂上光学』リリース@VOCALOID MASTER 13
<ヤングスポーツ>から「旅するコドモ」はリリースされたものだから1stはこれで良いと思うが、2012年3rdAL「とりうた」の間に 「Omoide Overdose」と「砂上光学」がある。「砂上光学」を駿河屋で見てみるとどうやら名義が”ヤルハラの靴下は履いたままで“とあったので、Dongとしての2ndALは「Omoide Overdose」で良いのかも。(けれど俺の好きな「月祭り」は砂上光学に収録されているっぽいし、そちらがが2ndALという可能性も微レ存…。砂上光学ってアルバム名カッコよすぎだろう。)
さて、3rdAL「とりうた」だが、本連載第一回でも取り上げたSilvanian Familiesのほか、BUN、otosumi氏がアレンジ参加。M1の「さえずり」は特にテクノミュージシャンとしての丼さんというか、インターネットレーベル、地下音楽のテクノの香りがする4つ打ち。単独でも後に動画として投稿される「カナリア」などは、「月祭り」以降のファンタジックでメルヘンな世界観での音作りを引き継いでいる感じがするが、楽曲終盤にはトライバルでインダストリアルな太鼓の音が出現して、Ken Ishiiっぽさもある。全体的に単なるボカロ楽曲のCDとしては、テクノ的な音のツボを押さえすぎていて、アレンジ勢の豪華さもこの辺りに出てるなと思う。
BUN氏の音源凄すぎますね、「環ROY、B.I.G. JOEのプロデュースで知られ、Stones Throw周辺やDJ CAM(DJカム)、FLYING LOTUS(フライング・ロータス)も賛辞を惜しまない東京のトラックメイカー」とプロフィールにあったのでかなり著名な方のよう…。知らなかった。
otosumi氏の情報をなかなか探すのが難しかったのですが、『Various – La-Incarnation』(2011) や『Various – The Dopeman Show!』(2012)の2作品に参加しているのは間違いなさそうでした。おそらくナードコア界隈の方なのかなと推察。
前回と2回に分けてニコニコ動画への投稿作品を聞き終えましたが、そもそもの各種制作楽曲のリリース年情報がネット上に乱立していて、これは困るなと思いました(作風の変遷を追うにしてもタイムスタンプ情報は必須)。16次元レコードの作品も全部聴いたのちに、その辺りをしっかりアーカイブする作業も今後していきたいなと思います。
疲れたので、今日はこの辺りで。2023/12/11